4.1高齢化社会における国民医療費増加の必然性と課題を論じます

総論第2部

第2部:構造改革編―自律と安心 4.社会保障制度と少子化対策の抜本的改革 4.1高齢化社会における国民医療費増加の必然性と課題を論じます

本ブログではこれまで「攻めの経済(一階部分)」について考察してきましたが、今回からはもう一つの柱である「守りの社会(二階部分)」についての議論へと進みます。

「守りの社会」は、財政に裏打ちされた福祉社会をしっかりデザイン化して、長期にわたってそれを守り続け、全ての国民の安心感を醸成することを目標としています。福祉社会の核となるのは、医療・介護・公的年金などの社会保障制度です。そこで、まず制度の現状と課題を整理し、「守りの社会」の実現にふさわしい改革の方向性を探ります。

その第一歩として、今回の投稿では、医療を「財政」の視点から分析すべく、「国民医療費」に焦点を当てます。現状のデータ分析を通じて、いま直面している主要な問題点や今後の課題を明らかにしていきたいと思います。

国民医療費の動向

国民医療費とは、毎年の保険診療の対象になる傷病治療に要した費用を推計したものです。出産費用などは、保険診療の対象ですが、傷病ではないので国民医療費には合算されません。推計値は毎年厚生労働省から公表されています(表1参照)。

表1 国民医療費の動向(億円)

表1の推移をたどると、2000年度に30兆1418億円と初めて30兆円を突破しました。その後も増加の一途をたどり、2015年度には42兆3644億円となり、15年間に10兆円以上増加しています。

直近の動向をみると、2019年度は44兆3895億円でしたが、2020年度は42兆9665億円と一時的に減少しました。これは新型コロナウイルス流行に伴う受診控えや診療制約が影響したと考えられます。しかし、コロナ禍を経た2023年度は、48兆915億円と前年度比で、1兆4000億円もの急増を記録しました。今後も毎年1兆円を超える増加額が積み上がっていく勢いであり、顕著な増加傾向にどう対処していくかは、重要な政策課題のひとつであることはいうまでもありません。

表2 2020年度の国民医療費とその特徴 

財源別国民医療費の構成と課題

表2に基づき、2020年度の国民医療費を誰が負担したのかを財源別にみると、公費が約38%、保険料が約49%、患者負担が約11%になっています。これらの構成比率は、時系列でみても概ね一定で推移しており、現行の医療費政策はこの固定的な負担率を前提として展開されています。

ここで特に注視すべきは、保険料や患者負担が引退世代の老後生活に与える影響です。老後の生活を支える年金収入は、実質的には目減りする傾向にあり、高齢者は厳しい所得制約に直面しています。その一方で国民医療費が増加し続ければ、連動して高齢者の保険料や窓口負担も増大します。その結果、生活費の圧迫を回避するための過度な節約志向を招き、生活の質の向上を阻害する要因となります。こうした事態を防ぐためには、現行の固定的負担率を見直し、公費負担率を引き上げるなど医療費制度の抜本的改革がどうしても必要になります。

診療別国民医療費と政策の逆説

表2の診療別国民医療費の構成比率をみると、医科診療医療費が71.6%と全体の7割以上を占め、次いで、薬局調剤が17.8%、歯科診療7%などとなっています。さらに医科診療医療費の内訳では、入院診療医療費の割合が入院外診療医療費を上回っており、「入院医療費の高止まり」が慢性的な課題となっています。

ここで強調すべきは、入院診療医療費が入院外診療費を上回る背景の一つには、厚生労働省の「医療費適正化政策」が影響している可能性です。

「医療費適正化計画」は、5年ごとに作成することになっています。2008年度を初年度とする計画では、中長期的対策として、次の2点を推進するとしていました。 

①生活習慣病対策。生活習慣病有病者・予備軍を25%減少させ、日本の3大疾病である「がん(悪性新生物)・急性心筋梗塞・脳卒中」の患者数の大幅減による、中長期的な医療費削減。

②医療機能の分化・連携の強化による入院医療費の削減。「社会的入院」を減らすための平均在院日数の短縮化、入院は急性期医療に相対的重点を置くように医療機能の分化を行う。

入院のうち「社会的入院」を減らし、急性期医療に対応する入院を推進させる診療報酬優遇策が、一単位当たりの入院単価を押し上げ、かえって医療費総額の増大を招いた側面は否定できません。医療費抑制を目的とした政策が、逆に入院医療費を増やすという「政策の逆説」をもたらしたのです。

このように厚生労働省の医療政策のあり方自体が、国民医療費の増大と深く関連していることをしっかり認識することが重要です。

年齢階級別医療費と高齢化の影響

表2では、2020年度の年齢階級別の1人当たり国民医療費が示されています。これでみると、44歳以下では10万円台ですが、45歳以上~64歳になると27万円台へと上昇します。さらに、65歳以上では、73万円台へと大幅な増加をみせます。70歳以上、75歳以上では、さらに増加します。このような状況を前提にすると、高齢化社会が進み、平均寿命が延びれば国民医療費の増加は不可避で必然的であると言わざるをえません。この必然性に目を背けることなく、正面から向き合う政策展開が強く求められます。

結論

・国民医療費の負担では、公費・保険料・患者の比率が硬直化している。硬直化した負担率を前提にして毎年の医療費政策が実施されている。既定路線の医療費政策を前提にすると、高齢者の生活困窮を招く恐れがある。既定路線を脱し、公費負担率の引き上げを含む医療費制度の抜本的改革が必要である。

・入院診療医療費が高すぎる背景には厚生労働省の医療費適正化政策が影響していることを示唆している。政府の医療費政策が国民医療費増加をもたらすという問題点を十分認識する必要がある。

・年齢階級別の1人当たり医療費は、65歳以上で大幅に増加する。したがって、高齢化が進めば、国民医療費の増加は不可避である。この必然性に真正面に取り組み、持続可能な社会保障のあり方を掲示するのは政府の責務である。