第2部:構造改革編―自律と安心 4.社会保障制度と少子化対策の抜本的改革 4.1高齢化社会における国民医療費増加の必然性と課題を論じます 4.2高齢化社会だけが国民医療費増加の要因ではない
高齢化社会が国民医療費を押し上げる大きな要因であることは間違いありません。しかし、それだけが唯一の要因かといえば、決してそうではありません。国民医療費はどのような要因で増加するのか、2008年度から2013年度にかけての推移を事例に考察します。
国民医療費の変化とその特徴(2008年度~2013年度)
2008年度から2013年度の5年間に、国民医療費の総額は5兆2525億円増加しました(以下、表1参照)。年齢階級別にみると、20歳~34歳などの若年層では減少しているものの、全体としては多くの世代で増加しており、特に、60歳以上の年齢層での伸びが顕著です。
一方で、同期間の全人口は減少しています。年齢別人口の変化を確認すると、39歳以下の世代では人口が減少していますが、65歳以上の人口増は極めて顕著になっており、人口構造に少子高齢化が進んでいる実態がよくわかります。
年齢階級別「1人当たり医療費」をみると、高齢層だけでなく、全ての年齢階級において増加しています。
表1 2008年度と2013年度の国民医療費の比較

5年間で人口構造において着実に少子高齢化が進み、人口は減少していることが確認できます。全体の人口は減少している中で、果たして高齢化が進むだけで5兆円以上も国民医療費が増加するのであろうかという疑問が出てきます。ここで注目すべきは、全ての年齢階級で「1人当たり医療費」が増加しているという事実です。この事実は少子高齢化という人口構造の変化以外にも国民医療費の増加要因があることを示唆しています。
国民医療費の増加要因分析
5年間における国民医療費の変化を詳細に分析するため、以下の要因分析式を用います(導出過程は補注1参照)。

ここで第一項は、1人当たり国民医療費を2008年度時点で固定し、5年間の年齢階級別人口の変化でどのくらい国民医療費が変化したかを示しています。人口構造の変化による医療費の変化分といえます。人口構造の変化は少子高齢化を示しますので、第一項は、「少子高齢化要因」による国民医療費の変化ということになります。
第二項は、人口を2008年度で固定し、5年間における1人当たり医療費の変化によって国民医療費にどの程度変化したかを示しています。第二項は、「1人当たり医療費変化要因」による国民医療費変化分を示しています。第三項はその他要因によるものです。
このように、国民医療費増加は大きく「少子高齢化要因」と「1人当たり医療費変化要因」の2つに区分できます。
分析結果:厚生労働省の医療政策が国民医療費増加の大きな要因
表2は、「少子高齢化要因」と「1人当たり医療費変化要因」による5年間の国民医療費の変化を年齢階級別に算出した結果です。
表2 国民医療費の増加要因分析

「少子高齢化要因」による2008年度から2013年度の国民医療費増加の総額は2兆2287億円、「1人当たり医療費変化要因」によるそれは総額で2兆8474億円になることがわかります。一般的にいわれるように高齢化社会が国民医療費を増大させるというのは事実の1つですが、それは、国民医療費増加の半分以下ということになります。それに対して、全ての世代における1人当たり医療費の増加が、国民医療費増加の半分以上を占めるということをしっかり理解する必要があります。
「1人当たり医療費変化要因」は要するに、厚生労働省の様々な医療政策に伴う費用とみなすことができます。
周知のごとく、日本の医療制度は、医療機関で受けた診察、検査、投薬などの医療行為ごとに価格を決める「診療報酬制度(出来高払い)」を根幹としています。厚生労働省は、2年に1度の「診療報酬改定」を通じて、特定の医療行為の公定価格(点数)を調整し、医療機関を特定の方向へ誘導しようとします。しかしこの誘導政策は、しばしば当初の目的とは異なる結果を招く「政策の逆説」を引き起こします。
前回の投稿で示したように、2008年度から2013年度にかけては、「社会的入院」の病床数を減らし、急性期入院への病床数を増やすという方向で医療機関を誘導した結果、かえって入院医療費を増やしたのはその典型例です。医療費抑制を目的とした政策が、逆に医療費総額を押し上げるという皮肉な結末をもたらしました。
今後の展望と「政策の逆説」への警戒
2026年度の診療報酬改定においても、「医療費適正化計画」に基づき、構造的な無駄を省くことを目的に、以下の重点政策が提起されています。
➀病床機能の分化と在院日数の短縮(急性期病床を削減し、回復期病床や在宅医療へのシフト)
②後発医薬品の普及促進(特にバイオ後続品である「バイオシミラー」への切り替え)
③医療DXによる効率化(マイナ保険証や電子処方箋などの活用普及により、重複投薬、多剤投与、重複検査などの防止)
ここで不可欠なのは、これらの重点政策が「政策の逆説」を発生させないかの検証です。例えば、医療DXの推進は不必要な医療費を抑えるとされていますが、導入・運用のための診療報酬加算ばかりが増大し、肝心の重複投薬等の削減効果が伴わなければ、単なる医療費の押し上げ要因に終わるリスクがあります。「政策の逆説」を意識して医療費適正化計画を精緻化することが重要になります。
一方で、社会情勢の変化や医療技術の進歩に伴い、政策的に支出を増やさざるを得ない側面もあります。
2026年度の診療報酬改定では、30年ぶりの高水準となる本体3.09%のプラス改定が行われました。これは物価高騰への対応や、医療従事者の賃上げ(ベースアップ)を支えるための「必要な増加」として容認されたものです。
さらに、がんのゲノム医療や希少疾患の画期的新薬など、1回の治療で数百万円〜数千万円かかる医療が次々と保険適用されています。これらは国民の生存率を高める一方で、国民医療費を押し上げる大きな要因となっています。それ以外にも、ロボット手術、AI診断などの導入への誘導策は、国民医療費を押し上げることになります。医療従事者の労働条件改善や医療の高度化は、国民の生命を守るために不可避な側面を持っています。
結論
「高齢化」と医療従業者の労働条件改善や医療の高度化などに伴う「1人当たり医療費増加」の両輪によって国民医療費が増え続けることは不可避です。毎年1兆円規模で膨らむこの傾向を単に否定するのではなく、「医療費が大幅に増加する」という前提に立ち、いかにして安定した財政基盤と持続可能な制度を構築するか。その具体的条件を掲示することが、喫緊の課題として残ります。
(補注1)国民医療費の増加要因分析のための式導出



