4.8介護産業の労働生産性向上の根幹は何か

総論第2部

前回の投稿で、介護現場における深刻な労働力不足の背景には、介護産業で働く労働者の賃金水準が、他の産業と比較しても低すぎるという根本的問題があることを指摘しました。

問題解決のためには、介護産業における低賃金を抜本的に改善し、他産業から介護産業へと魅力を感じて人材が流入するような労働市場の整備が不可欠です。

なぜ介護産業では賃金が低いかというと、それは労働生産性が低いことに起因します。今回の投稿では、介護産業の低賃金構造を打破して労働生産性向上を実現するためにはどうしたらよいか、労働生産性向上の根幹は何か、について議論したいと思います。

労働生産性は1人当たり労働者が生み出す付加価値で、「労働生産性=付加価値/従業者数」で定義されます。尚、以下で述べる付加価値は固定資本減耗分を含む「粗付加価値」の概念ですが、簡略化のため「付加価値」と記述します。

個別企業などにおいて、労働生産性の向上は生産の効率化であり、組織の合理化や省力化投資の導入拡大などによって、これまでと同水準の付加価値を、より少ない従業者で実現することを意味します。式でいうと主に分母の従業者数を減らすことが重要になります。

しかし、介護産業の労働生産性を考える場合、これまでの介護サービスの水準を、より少ない従業者で供給することは難しいと考えられます。なぜなら、介護の仕事の中心は、要介護者の健康や心理状態に寄り添い必要なサービスを提供することにあり、質の高い介護サービスを提供できる人を確実に確保することが何よりも重要だからです。ロボットなどに置き換えて、人の数を減らすことは現実的ではありません。

介護産業の仕事の特性を考えたとき、労働生産性向上のためには、分子である付加価値を増やすことに着目する必要があります。付加価値は、国内生産額(=売上額)から原材料費などの中間財投入額を引いたものであり、労働者には賃金、企業には利潤、政府には税収などの形で分配されます。したがって、労働生産性が性向上すれば、1人当たり付加価値が増加し、それを原資として賃金アップが可能になります。つまり、介護産業の労働生産性向上のためには、介護産業の付加価値を増やすことが不可欠です。どのようにしたら付加価値は増やすことができるのでしょうか。以下では、「公的な産業」の現状を比較分析しながら、この問いに迫っていきます。

中央政府や地方政府が独占的に供給する財・サービスは「公共財」、民間企業等が供給する財・サービスは「民間財」と呼ばれています。介護サービスは公共財と民間財の両方の性質を併せ持ったサービスで、「準公共財」と呼ばれます。財政的には政府の役割が極めて大きいので「公共財」的性質が強く、その財政的制約のもとで、サービス供給のおもな主体は民間の企業・事業所ですから「民間財」の性質をもっています。

「公共財・準公共財」を供給している産業は、産業連関表の産業小分類でみると、「公務(中央)」、「公務(地方)」、「学校教育」、「社会教育・その他の教育」、「学術研究機関」、「医療」、「保健衛生」、「社会保険・社会福祉」、「介護」などに区分されます。

重要なことは、「公共財・準公共財」を供給している産業の間でも、明らかな労働生産性格差や賃金格差が存在するという点です。そこで、ここでは、「公共財」を主に供給する「公務(中央・地方)」産業と「準公共財」を供給する「介護」産業を比較します。「公務(中央・地方)」産業は、「介護」産業より明らかに賃金水準が高く、その背景にある労働生産性格差がどこから生じるかを分析します。

表1 「公務(中央・地方)」と「介護」の労働生産性と賃金の比較

表1をもとに、両産業の労働生産性を比較すると、公務の1490万円/人に対して、介護は468万円/人で、3倍近くの格差があります。それを反映して、賃金格差をみると、公務の713万円に対して、介護は398万円と2倍近くの差になっています。

労働生産性の要因において、従業者数に大きな差はありませんが、付加価値については、公務の30兆2604億円に対し、介護は8兆8961億円と大きな差がみられます。したがって両産業の労働生産性の違いは、付加価値の相違に起因することになります。そこで、両産業の付加価値はどのように決まっているのかを、2020年産業連関表のデータをもとに分析します。

表2 公務(中央・地方)と介護の国内生産額決定の要因

出所:2020年産業連関表

両産業とも国内最終需要と国内生産額ほぼ等しいか、等しいので、国内最終需要が国内生産額を決めていることがわかります。両産業とも、国内最終需要は、一般政府消費支出と家計消費支出のみで構成されており、その中でも一般政府消費支出が圧倒的な部分を占め、「公務」の40兆6090億円、「介護」の10兆4460億円が、それぞれの国内生産額をほぼ決めていることがわかります。

国内生産額が決まれば、そこから中間投入額を引いて付加価値がもとまり、表1で示したように、「公務」が30兆2604億円、「介護」が8兆8961億円になります。したがって、「公務」及び「介護」への一般政府消費支出の水準が、それぞれの産業の国内生産額を決め、付加価値を規定しているといっても過言ではないでしょう。

それでは、「公務」及び「介護」への一般政府消費支出はどのように決まるのでしょうか。この問いを考えるとき、まずは一般政府消費支出の定義が重要になります。

政府が提供する行政サービス(一般公共サービス、防衛、公共の秩序・安全など)や医療・介護保険などによる現物給付は、市場で価格がつけられて、販売するというわけにはいきません。そのため、国民経済計算では「政府自身がそれらのサービスを生産し、自ら消費する(自己消費)」とみなして、その生産にかかったコスト(費用)をもって支出額と定義します。費用を積み上げたものが生産額に等しく、その生産額を政府自ら消費するというのが政府の消費支出の原則的な考え方になります。それをもとに一般政府消費支出は具体的には次のように定式化されています。

費用を積み上げた生産額には2つの種類があります。一つは、「政府サービスの生産額」であり、これは文字通り政府サービスの生産にかかった費用の合計です。その内訳は、雇用者報酬(公務員等の給与)、固定資本減耗(公的固定資産の減価償却費)、中間投入(民間からの物品・サービス購入費)などの費用になります。

例えば、防衛サービスの場合、自衛隊の増員は雇用報酬の増加、地対空ミサイルシステムなどの新規導入は公共投資の拡大にともなう固定資本減耗の増加、弾薬・ミサイル等の大量購入は中間投入の増加を通じて、それぞれ費用が積み上げられ、その合計分だけ防衛サービスの生産額は増加することになります。防衛サービスの生産額の増加に連動して政府の自己消費も増加し、一般政府消費支出を増加させるということになります。

費用の積み上げのもうひとつの形態は、「現物社会移転(市場産出の購入)」です。一般政府(中央政府・地方政府・社会保障基金)が、例えば医療サービスや介護サービスなど特定のサービスを市場生産者から購入し、ほぼ無料で直接家計等に移転給付する形態です。市場から購入した特定のサービスにかかった費用の積み上げ分は、全て政府が負担しなければならず、その分を政府の自己消費とみなして政府消費支出に組み込まれます。

他部門への販売額とは、家計への財・サービスの販売額であり、国公立学校の授業料などは、教育サービスの他部門(この場合家計)への販売額とみなされる典型事例です。この部分は政府の自己消費ではないので、一般政府消費支出から控除する必要があります。

「介護」への一般政府消費支出増加によって、介護産業の付加価値を増加させ、労働生産性の上昇を通じて、賃上げの原資をねん出することができます。

「介護」への一般政府消費支出を増加させるためには、介護サービスの現物社会移転(市場産出の購入)を増加させる必要があります。介護サービスの現物社会移転(市場産出の購入)とは、具体的には介護費用から利用者負担を除いた介護給付費になります。介護給付費は保険料及び公費負担で賄われる部分であり、この部分が「現物社会移転(市場産出の購入)」として、家計に移転給付されます。

介護給付費の増加が、現物社会移転(市場産出の購入)を増やし、一般政府消費支出の増加によって介護産業が生産額を増やし、付加価値を増やして労働生産性を向上させ、賃上げの原資を作り出しいくことができます。

労働生産性向上のためには、「コスト削減」が最も重要と一般的には認識されています。しかし、介護サービスなどの準公共財の労働生産性向上のためには、逆に費用を増やすことこそが第一義的に優先すべき課題になります。介護サービスの労働生産性向上の根幹は、介護給付費を大幅に増やすことにあります。介護給付費をふやすかどうかは、政府の財政政策の裁量にかかっています。このことは、介護産業の労働生産性が向上するかどうかは、政府の裁量次第であると言ってよいでしょう。

目次 第2部:構造改革編―自律と安心 4.社会保障制度と少子化対策の抜本的改革 4.1高齢化社会における国民医療費増加の必然性と課題を論じます 4.2高齢化社会だけが国民医療費増加の要因ではない 4.3日本の医療保険制度の財政的基盤を考える 4.4現行の公的年金制度の基礎知識 4.5厚生労働省の年金財政検証はどのような方法で行われるのでしょうか 4.6引退世代の年金給付増と年金財政の健全化を両立させる条件は何でしょうか4.7日本の介護保険制度の現状と課題(3つの特徴と2つの問題点) 4.8介護産業の労働生産性向上の根幹は何か