4.5 厚生労働省の年金財政検証はどのような方法で行われるのでしょうか

総論第2部

第2部:構造改革編―自律と安心 4.社会保障制度と少子化対策の抜本的改革 4.1高齢化社会における国民医療費増加の必然性と課題を論じます 4.2高齢化社会だけが国民医療費増加の要因ではない 4.3日本の医療保険制度の財政的基盤を考える 4.4現行の公的年金制度の基礎知識 4.5厚生労働省の年金財政検証はどのような方法で行われるのでしょうか

厚生労働省は、少なくとも5年ごとに、基礎年金勘定、厚生年金勘定、国民年金勘定の3つの勘定について100年間の財政見通しを作成し、年金財政の健全性を検証することになっています(これを「財政検証」と呼ぶ)。

そして、次の財政検証までに所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合は、給付や負担のあり方について、必要な措置をとるとしています。逆にいうと、所得代替率が50%以上であれば、2004年の年金制度改正における年金財政のフレームワークを維持するということになります(補注1参照)。

財政検証の主な目的は、今後100年間の人口や経済動向についていろいろな前提条件を置きながら、年金財政のフレームワークが、「所得代替率50%」を割り込むことがないかどうかを検証することにあると言えるでしょう。

厚生労働省は、どのような前提条件で、そしてどのような財政収支モデルで100年間の財政見通しを作成しているのでしょうか。今回の投稿では、厚生労働省の「財政検証」の基になっている前提条件と財政収支モデルの概要を説明し、そのうえで前提条件が財政収支モデルにどのように影響を与えるかを考察します。

1.前提条件

100年間の公的年金の財政見通しを分析しようとすれば、どうしても事前の前提条件が必要となります。主な前提条件は、「人口の前提」、「労働力の前提」、「経済の前提」の3つです。

➀人口の前提

人口の前提については、出生率と死亡率を「高位」・「中位」・「低位」の3つに区分して、組み合わせたパターンごとにもとめた将来推計人口をもとに財政見通しを公表しています。議論のベースになるのは、出生率・死亡率ともに「中位」のケースであることが一般的です。

合計特殊出生率(中位ケース):2020年の実績値は1.33ですが、2070年には1.36になると想定されています。出生率の低下には歯止めがかかり、やや持ち直すという想定になっています。

平均寿命(中位ケース):男性は81.58歳(2020年)から2070年には85.89歳、女性は87.72歳(2020年)から2070年に91.94(2070年)へと90歳を超えると想定されています。男女とも4.5歳程度平均寿命が延びるということになり、このような将来推計人口の変化を財政収支モデルに組み込むことが必要になります。

出所:「日本の将来推計人口」、2023年4月、国立社会保障・人口問題研究所

②経済の前提

経済の前提については、「高度成長実現ケース」、「成長型経済移行・継続ケース」、「過去30年投影ケース」、「1人当たりゼロ成長ケース」という4つのケースを想定しています。それぞれのケースについて、物価上昇率、賃金上昇率、運用利回り、実質経済成長率、労働生産性上昇率などの外生変数の数値が想定されています。

高度成長実現ケース:100年間、実質経済成長率1.6%が続き、賃金上昇率が毎年4%実現すると想定しています。一方で労働生産性が毎年1.6%上昇するので物価上昇率は2%にとどまり、実質賃金は毎年2%上昇するというバラ色の未来になります。積立金の多くは株式・債券などで運用されていますが、金融市場も「右肩上がり」の相場が続くため、積立金の運用利回りは5.4%に達するとしています。

成長型経済移行・継続ケース:「高度成長実現ケース」に比べてやや成長率が低いものの、物価上昇率2.0%、賃金上昇率3.5%、運用利回り5.2%、実質経済成長率1.1%、労働生産性上昇率1.1%で、経済的パフォーマンスは決して悪くありません。

過去30年投影ケース:これまで30年間の経済動向の趨勢がそのまま100年間続くという想定です。実質経済成長率は「-0.1%」ですから、100年間ほぼ「ゼロ成長」とう想定になります。賃金上昇率は1.3%ですが、労働生産性上昇率が0.2%と低いので、それを反映して物価は毎年0.8%で上昇し、その結果実質賃金上昇率は0.5%にとどまり、100年間の実質賃金は、緩やかな微増傾向をたどることになります。

1人当たりゼロ成長ケース:経済成長率がマイナス(-0.7%)の状況が常態化し、賃金上昇率0.5%、物価上昇率0.4%ですから、実質賃金上昇率は0.1%にとどまり、国民生活はほとんど向上しないことになります。少子高齢化の中で日本経済が明らかな衰退傾向を示すというケースです。

③労働力の前提

労働力の前提は、就業者数や就業率(=就業者/15歳以上人口)の想定に関わります。ここでは、今後の労働参加の進展度合いを予想し、「労働参加進展シナリオ」、「労働参加漸進シナリオ」、「労働参加現状シナリオ」の3つのシナリオを掲示しています。

労働参加の程度を示す指標は「就業率の高さ」であり、「労働参加進展シナリオ」の就業率が一番高く、2040年は0.664になっています。ついで「労働参加漸進シナリオ」が0.629、「労働参加現状シナリオ」0.569と低く設定されています。尚、いずれのシナリオも、少子高齢化を反映して、将来の就業者数は微増か減少のトレンドになることに留意して下さい。

就業者の動向は、経済成長率をはじめとする経済の前提に大きく左右されます。そこで、「高度成長実現ケース」と「成長型経済移行・継続ケース」では、労働力需要が高いので「労働参加進展シナリオ」が妥当としています。それに対して、「過去30年投影ケース」や「1人当たりゼロ成長ケース」では、労働力需要は高まらないので、それぞれ「労働参加漸進シナリオ」、「労働参加現状シナリオ」を想定しています。

出所:「労働力需給の推計」(2024年3月、独立行政法人 労働政策研究・研修機構)

2.財政収支モデル

表1は、厚生年金の財政見通しの事例を一部抜粋したものです。この事例をもとに、厚生年金の財政収支がどのような構造になっているかを説明します。

表1 厚生年金の財政見通し(2024年財政検証)の事例   :             

人口:出生中位、死亡中位 経済:高成長実現ケース

表1で、収入は、「保険料収入」、「運用収入」、「国庫負担」の合計です。支出は、基礎年金給付の原資として厚生年金勘定が基礎年金勘定に拠出しなければならない「基礎年金拠出金」と2階建て部分の厚生年金給付に必要な「報酬比例」から構成されています。毎年の収入から支出を引いたものが「収支差引残」です。「年度末積立金」は、前年度積立金に本年度の収支差引残を足してもとまります。したがって、厚生年金の財政収支モデルは、次の4本の方程式をベースとして形成されます。

収入のうち、保険料収入は、「平均標準報酬×保険料率×被保険者」でもとまります。保険料率は一定ですから、保険収入は、平均標準報酬と被保険者数に影響を受けます。被保険者数は就業者数によって決まりますが、就業者数は、いずれのシナリオの想定でも、微増か減少ですから、保険料収入増への貢献はあまり期待できません。賃上げのゆくえが保険料収入に大きく影響を与えます。例えば、表1をみると、毎年の賃上げ上昇率4%と想定していますから、2030年まで着実に保険料収入が増加しています。100年後には「4%」の複利効果によって大幅に保険料収入が増加すると予想されます。

収入のうち、国庫負担は、基礎年金勘定の主な支出項目である基礎年金給付に対して、厚生年金勘定が拠出しなければならない基礎年金拠出金のうち国庫負担率(=1/2)を乗じてもとまります。

運用収入は、前年度積立金を金融市場で運用することによる収益ですから、積立金の規模と運用利回りに大きく影響を受けることになります。例えば、表1では毎年の収支差引残が黒字でかつ拡大するので年度末積立金が増加する一方、運用利回りも高いので、運用収入は着実に増加していることがわかります。

支出は、基礎年金拠出金、報酬比例(2階部分)から構成されています。このうち基礎年金拠出金は、基礎年金勘定の主な支出項目である基礎年金給付費のうち厚生年金勘定が負担しなければならない金額です。基礎年拠出金は、65歳以上の高齢者の増加に対応して増えますが、同時に平均寿命が延びるということも拠出金増に一定の影響を与えます。

支出のうち報酬比例(2階部分)は、1人当たり報酬比例(2階分)の給付に受給者を乗じてもとめます。ここで、1人当たり報酬比例(2階分)は、マクロ経済スライドを終了させ基本的には物価スライド制に戻すことになっています。したがって、物価の動向・受給者数・平均寿命の延びが1人当たり報酬給付費(2階分)を規定していくことになります。

3.前提条件は財政収支にどのように影響を与えるか(まとめ)

・人口の前提:高齢者(受給者)の数と平均寿命の伸長を通じて、「基礎年金拠出金」と「報酬比例(2階分)」の両方の支出を増加させる方向に影響を与えます。

・労働力の前提:就業者を通じて被保険者数に影響を与えますが、就業者数は全体として微増か減少傾向であるため、保険料収入増にはあまり貢献しません。

・経済の前提(賃金):特に賃上げが保険料収入に与える影響が大きく、長期的な財政見通しの良し悪しを左右します。

・経済の前提(物価動向):物価動向は、引退世代が受け取る基礎年金と報酬比例(2階部分)に影響を与えます。このうち、基礎年金については当面の間マクロ経済スライドが適用されるため実質給付は調整(減少)されますが、報酬比例(2階部分)は物価スライド制にもどるので物価動向が報酬比例(2階部分)に与える影響は大きくなります。

補注1

2004年の年金制度改正における年金財政のフレームワーク

・保険料水準固定方式の導入: 保険料率の上限(厚生年金の場合は18.3%)をあらかじめ固定したうえで、そこに向けて段階的に保険料率を引き上げていく。

・基礎年金国庫負担の引き上げ: 基礎年金給付の財源における国庫(税金)負担の割合を、従来の3分の1から2分の1へと引き上げる。

・マクロ経済スライドの導入: 現役世代の減少(少子化)や平均寿命の伸び(高齢化)といった社会情勢の変化に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整(抑制)するシステムを導入する。

・所得代替率の見通し: 年金給付水準と現役世代の平均手取り収入額の比率を示す「所得代替率」について、将来的に50%を割り込まない(財政検証での目安)ことを原則とする。