3.外的ショックに強い「自律的産業構造」の構築 3.1産業構造の変化や産業の空洞化はなぜ起こるのか 3.2新たな社会的規範に対応する「自律的産業構造」のあり方
「自律」とは、外部の支配や制約から独立し、自ら立てた規範(ルール)にもとづいて主体的に行動することを指します。これを産業構造に援用した「自律的産業構造」は、以下の2つの側面をもちます。
第1は、地政学的リスク(ウクライナ・イラン情勢等)に伴う石油危機や、トランプ関税に象徴されるような一方的な国際経済秩序の破壊といった外的ショックに対し、柔軟に適応できる産業構造を備えていることです。
第2は、一定の社会的規範にもとづき国内の経済主体(家計・企業・政府)が主体的な経済活動を展開する過程で形成される産業構造という側面です。ここで重要なことは、一定の社会的規範をどうとらえるかです。社会的規範が変化すれば、「社会的規範→各経済主体の消費活動と投資活動→産業構造」という因果関係を通して産業構造そのものが変容します。
「自律的産業構造」を未来志向で議論する際、➀外的ショックへの適応力、②「賃上げ主導による国民生活向上と経済活性化」という新たな社会的規範への適合、という2つの論点が重要になります。今回の投稿では、後者の論点を考察します。
具体的には、2020年産業連関表を用い、産業構造に影響を与える各経済主体の消費行動と投資行動が、どのような産業別支出構造を形成しているかを分析します。その上で、新たな社会的規範で求められる自律的産業構造を実現するために、各経済主体の消費行動と投資行動における産業別支出構造はどのような変革に迫られるかを論じます。
消費と投資の産業別支出構造とその特徴
表1は、「2020年産業連関表」をもとに、最終需要項目である家計消費支出、一般政府消費支出、国内総固定資本形成(公的)、国内総固定資本形成(民間)それぞれについて、どの産業の財・サービスを購入したかという産業別の支出割合を算出したものです。
表1 最終需要項目別産業別(財貨・サービスベース)構成比率

家計消費支出
家計消費支出では、「不動産業」、「卸売・小売業」、「食料品」への支出の割合が大きいことがわかりますが、特に不動産業への支出割合が突出しています。不動産業への支出は家賃など住居サービスの購入にともなうものですが、この中には持家の家計も家賃を支払っているとみなす「帰属家賃」という架空の支出が含まれています。これが、支出割合を高めています。尚、帰属家賃は持家の家計自身が受け取りますので、不動産業の中にはいわゆる不動産業者以外に持家も含まれていることに留意して下さい。
各産業が生産した財・サービスが家計に届くまでには卸売と小売という流通が必須なので、卸売・小売サービスの購入比率は高くなっています。食生活は不可欠なものであり、「食料品」からの多様な食料品購入がそれを支えています。「電気・ガス・水道・廃棄物処理業」への支出は、主に水光熱費であり選択の余地のない必須の支出です。「教育」や「保健衛生・社会事業」への支出は教育費・医療費・介護費用等の家計負担であり、これらも選択の余地が少ない「非選択的支出」になります。
一方で、「宿泊・飲食サービス」、「情報通信業」など家計の日常生活における趣味や余暇など選択的余地のある支出も多様です。家計所得のうち消費を引いた貯蓄の資産運用が活発で、それに伴う「金融・保険業」への手数料支払いなどの支出が増加しています。
家計は住居サービス(帰属家賃含む)、卸売・小売サービス、食料品、教育・保健衛生などの非選択的支出から、趣味・余暇関連産業や金融に至るまで、第3次産業からの幅広いサービス購入のために支出しています。この支出構造こそが、第3次産業の安定的な生産基盤となっています。
一般政府消費支出
一般政府消費支出は、「公務」、「教育」、「保健衛生・社会事業」の3つの産業に特化しています。ここで一般政府とは、中央政府・地方政府に加え社会保険制度を管轄する「社会保障基金」も第3の政府として含まれます。
一般政府消費支出は、これら3つの政府全体の支出から家計などの負担を除いたものを政府自らが購入するとみなされる部分です。したがって、例えば高校授業料の無料化は、中央政府・地方政府の負担を増加させますから「教育」への一般政府消費支出が増加します。また、高齢化に伴い要介護者が増加して介護給付費が増加すると、中央政府・地方政府・社会保障基金それぞれの負担が増加し「保健衛生・社会事業」への一般政府消費支出を増やさざるをえません。
総固定資本形成
総固定資本形成(公的)は圧倒的部分が「建設業」からの財・サービスの購入であり、社会資本整備において建設業が依然として中核を担っていることがわかります。尚、「業務支援サービス」などへの支出が一定の割合を示していますが、これは建築業の複雑な下請け構造を反映しています。
民間設備投資の中心は依然として建築物の構築ですから、総固定資本形成(民間)でもやはり「建設業」への支出がトップになっています。しかし、総固定資本形成(公的)に比べると、建設業への支出割合は小さく、その代り「業務支援サービス」や「はん用・生産用・業務用機械」、「情報通信業」の支出構成比率が一定の割合を示しています。これは、AI等に代表される「労働節約的技術(省力化投資)」の成果を体化した設備投資が増えていることを反映しています。
新たな社会的規範の下での展望と課題
家計は、賃金を中心とする所得制約のもとで、それぞれの選好にもとづいて様々な財・サービスを購入し、所得の一部は消費せず将来に備えて貯蓄をします。この行動は新しい社会的規範のもとでも変わらないと思われます。住宅の取得に関する行動も大きな変化はないと予想されます。但し、世帯数が減るので民間住宅投資自体は頭打ち傾向になります。
政府は大学を含む高等教育の授業料無料化や福祉関連産業で働く人々の大幅賃上げなどの現実的課題に直面します。一般政府消費支出の大幅増加は不可避で、同時に「教育」およ「保健衛生・社会事業」の支出比率が上昇し、相対的に「公務サービス」の比率が低下する構造変化が見込まれます。
今後の公共投資は、「箱もの行政」からの脱却し、老朽化した社会資本ストックの維持・更新へと主軸を移さざるをえません。そのためにはメンテナンス関連技術の革新を加速化させ、「建設業」への支出構成比率を適正化しつつ、浮いたリソースを「「はん用・生産用・業務用機械」や「情報通信業」へシフトさせる必要があります。
企業は、労働生産性向上を実現するために、就業者をむやみに増やすのではなく、労働節約的技術を体化した設備投資を促進し、労働装備率を高めることが不可欠です。
結論として、新たな社会的規範に基づき産業構造の自律性を高めるには、家計・政府の消費の支出構造を支えつつ、投資の支出構造を従来の土木建設偏重から、労働節約的技術革新を担う財・サービスを生産する産業へ支出をシフトさせる投資戦略が求められます。


